2006年05月14日

スポーツが僕にくれたもの #3

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同志社大学に進学し、野球を続けた。
最初は硬式野球部に入った。その年の秋の神宮大会で日本一になったチーム。後にプロに進んだ人も2人いる。今までと違うレベルの高さにびびってしまい、2ヶ月で辞めてしまった。自分の精神的な弱さから辞めてしまったことで、とても落ち込んだ。



そんなときに弟が甲子園に出場。試合に出ることはなかったが、あの甲子園に立つ弟の姿を見て、また野球がやりたくなった。そして、1回生の夏から大学の準硬式野球部に入部。そして、この野球部ですばらしい経験をさせてもらう。



3、4回生の全国大会で2年連続日本一に。中学2年の正月の書初めで書いた「日本一」が実現した。マイナーな野球だけど、日本一なんて一度もなかったし、それを続けることができるなんて信じられなかった。ただ、一流の選手がいたわけではないけど、大学準硬式野球部のなかでいちばん練習したチームだったと自負はある。



そして日本一という事実よりも、野球が好きな仲間と真剣に4年間野球をやれたことを誇りに思う。特に野球バカの同級生達、彼ら7人、そして監督さんと野球をできたことは、どれだけ財産になっているかわからない。





ありがたいことに2年夏からゲームにもたくさん出させてもらい、最高学年の時には、副将をさせてもらった。小学校から大学まで主将か副将に就き、いやがうえでもチームのことを考える立場に立たせたもらえたことが、今仕事のなかでも役に立っている。



2連覇を目指していたチームが僕にとっての理想の組織だ。目標は「日本一をもう一度」。口にせずとも監督、部員全員が目標を意識し、勝利のためにどうすべきかを真剣に考えていた。練習中に4回生が1回生もやじられることもあった。ベクトルをあわせることがどれほど大切か、今だからこそよくわかる。



大学時代、それこそ野球中心の生活だったが、余りあるほどの体験、教訓をもらった4年間だった。

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