2006年05月05日

スポーツが僕にくれたもの #2

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中学、高校6年間はともに野球部に所属していた。
どちらの野球部もとにかく弱かった。中学のときは地区大会(郡大会!)で1勝しただけで大喜びするようなチームだったし、高校のときは、結局夏の大会で校歌を一度も歌うことができなかった。甲子園を目指しているなんて、とても言えなかった。また、6年間、野球の技術を教えてもらうという視点では指導者にも恵まれなかった。(この時期に基本をしっかり教えてもらえなかったということは選手としては致命的なことだったのかもしれない。)



それでも中学のときは、同級生のなかに野球が本当に好きな友達が何人かいたので、真剣に野球のことを話していた。高校に行ったらお互い甲子園を目指そうとか、書初めに「日本一」って書いたりしていた。仲間と野球をすること自体はとても楽しかったが、勝利の女神って僕には縁のないものなんだろうなぁとずっと思っていた。



幸いにも中学では副キャプテン、高校ではキャプテンをさせてもらったし、高校では1年の秋からレギュラーをさせてもらった。練習メニューとか、チームのコンディションとか、わからないながらも自分で考えてやってきたことが、物事を全体から見るという力を養ってくれたのかもしれない。



部活動では野球ばかりだった一方で、スポーツをテレビで見ることも大好きだったので、他のスポーツもよく見ていた。



例えばサッカーだと、85年のトヨタカップ。プラティニ率いるユベントスが優勝したときだけど、プラティニを見て、こんな世界にはこんなすごい選手がいるんだと驚いた。そして86年のメキシコW杯。偶然朝早く目覚めてテレビをつけたら、マラドーナの5人抜きのゲームがやっていた。本当に目が覚めてしまった。



テニスを見るのも好きだった。ウィンブルドンとか。忘れられないゲームはアランチャ・サンチェスが、グランドスラム5連勝中だったグラフをファイナルでやぶり優勝した89年の全仏オープン。サンチェスって僕と同い年だった。当時17歳。かたやどこにでもいる高校生、かたや全仏のファイナリスト。かっこよくて、うらやましくて、むちゃくちゃ応援した。同い年としては初めて目にしたスポーツヒロイン(ヒーロー)にすごい思い入れをしてしまった。



ま、他のスポーツはともかく、野球を毎日することは当たり前っていう生活が続いていたわけです。

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