2010年08月07日

ばあちゃん、ありがとう。

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8/1(日)早朝、祖母が亡くなりました。95歳、老衰、大往生です。

祖母は僕が23歳の頃まで僕の実家で暮らしていました。僕が社会人になっても、「おこづかい、あげる。」といって1万円を手に握らせようとするような祖母でした。「おばあちゃん、もう俺もお給料もらうようになったから。」と言って断ると、とても残念な顔をしていたのを今でも思い出します。

当然ながら僕は年をとった祖母しか知りません。

通夜、葬儀の際に祖母の若い頃の写真、父や叔母たちがまだ子供の頃、祖父がまだ生きていた頃の写真がたくさん入ったアルバムを見ることができました。祖母の若かった頃の写真、戦後苦しいなか必死になって父や叔母を育てていた頃の写真を見ることができました。祖父がとったであろう、若い頃の祖母の写真はどれも輝いて見えました。

これらのアルバムの一部は祖母と一緒に棺の中に入れたので、通夜の夜にひとりでじっくり見れたのはよかった。自分の親族のルーツを知ることができたので。

祖母は10年前くらいから痴呆になり、僕のことも弟と間違えるようになりました。東京に来てからは結局一度も会うことができませんでした。

自分の生活に精一杯で、祖母に何もできなかったのは心残りです。祖母にできたことと言えば、自分が元気でいることくらいでした。

そして痴呆になる前に、しっかり僕のことを覚えてくれている間に、いやせめて生きている間に、感謝の言葉を伝えることができなかったのも後悔しています。祖母が祖父と戦後がんばってくれたから父がいて、父がいたから僕や弟がいるし、僕ら兄弟に家族がいる。祖父は僕が生まれる前には亡くなっていたので、せめて祖母に伝えたかった。

通夜、葬儀でしっかり勤めを果たすことで少しは感謝の気持ちが伝わっていればと思います。

祖母にできなかったことは妻や母や弟に、祖母に伝えられなかった感謝の気持ちも、妻や母や弟に、そして僕と関わってくれるすべての人に伝えていきたいと思います。そして祖母と負けないくらい長生きをすることが、祖母の僕にしてくれたことへ報いることだと思います。

おばあちゃん、ありがとう。
posted by motti at 23:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | はてなブックマークに追加
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